私たちは日常生活の中で、さまざまな関係性のもとに生きています。親子、友人、同僚、恋人など、これらの関係性は人間関係を形成する重要な枠組みであり、それぞれに期待される役割や暗黙の規範が存在します。

しかし、関係性はコミュニケーションを促進するだけでなく、私たちの「何を、どこまで、どのように話すのか」を制約する大きな力を持っています。本稿では、この「関係性がもたらすコミュニケーションの制約」について考察します。

1. 関係性が作る「話せない領域」

関係性はときに、私たちが「ある話題を話せない」「ある表現を使えない」という無言のルールを形成します。これは単なる遠慮ではなく、長年の社会的規範や役割期待が積み重なった結果ともいえます。この「話せない領域」は、以下のような具体例からも明らかになります。

1-1. 親と子の関係性における制約

役割期待による暗黙のルール

親は「道徳的な模範」であり、子どもは「素直で従順」であるべきという観念は、日本社会において特に根強いものです。

子どもが抱く悩みや興味(異性関係の悩みや将来の不安など)を親に率直に打ち明けられない背景には、「親を失望させたくない」「悪い子と思われたくない」という自己検閲が働いている場合があります。

上下関係から生じるコミュニケーションの非対称性

親子関係は本来、愛情と信頼で結ばれた絆ですが、同時に明確な「上下関係」でもあります。とくに日本の家族観では、「親が上、子どもが下」という階層的な価値観が暗黙のうちに共有されやすいです。ここから生じる「言いたいことを言えない」構造は、親が子どもに対しても、子どもが親に対しても、話しにくい領域を形成します。

親が子供に対して、「仕事で上司に怒られちゃってさあ。すごく落ち込んでて、ちょっと相談に乗ってくれる?」と話す場面は、多くの人にとって想像しづらいでしょう。

1-2. 友人関係における規範の作用

「対等」ゆえのプレッシャー

友人同士は一般的に上下関係が薄く、対等な立場で自由に話せるはずです。しかし、逆に「共感」や「同調」を重視するあまり、「他者と違う価値観を見せたくない」「変だと思われたくない」という心理が働き、話題を選んでしまうことがあります。これはその友人と出会った文脈にも左右されます。

例えば、あなたがある会社の1社員であるとして、趣味のゴルフで出会った経営者の友人に対して、「うちの社長がさあ、社員のことを全然わかってくれないんだよ」と、労働者という立場から思う経営者の不条理を語ることには、慎重になるはずです。それは、相手が経営者という労働者サイドとは必ずしも利害が一致しない立場であることを踏まえ、自分の意見に対して気分を害する可能性を懸念しているためです。